The 6nd chapter... 悠久幻想詞は彼の手に戻るか
第五十二話 音楽の街メリス-ナタウ -Circumstances-




廊下全面に敷かれた深紅の絨毯、大理石の柱、有名な画家が描いた肖像画・・・
まるでそこは小城の中。
実体は豪華さにまみれた歴史のある音楽堂。

中央の大ホールはのべ何千人と入る大きさか分からない、目の回る広さ。

階上の執務室は、この音楽堂現在の所有者である人物と、またコンサートスポンサーの顔役に当たる人物とが顔を会わせる部屋になっている。

「ちょ、ちょう待ってや」

白い扉のその奥から、どうにもこの場に似つかわしくない焦燥的な声色の青年が声を上げた。

部屋は兼応接間としての機能を充分果たしている豪華な机と対面させられたソファー。
しかし声を上げた青年は奥の執務机に身を乗り上げるようにして、椅子に深々と座り込んでいた現音楽堂所有者のニコラスを睨んでいた。

見目二十歳を越えたかほどの茶髪に銀縁眼鏡の青年に、白髪を交えたニコラス。
そして応接用のソファーに一人、ふくよかで金髪の中年男が悠長に座っていた。
青年は先程から声を荒げ続け、ニコラスへの講義を止めようとしない。

「おかしいやん、この譜面はおれが提供したモンやろ?!」

青年は大きく机を叩く。
机の上には何十枚もの手書きの楽譜が広げられ、それと並べて重要書類であろう一枚の羊皮紙があった。

既にサインと判が押されている。

「そう言ってもね阿比留(あびる)君、この曲の手続き要項にはフューエル氏のサインがきちんと入っている。さっきも言ったが、君は本当にサインをしたのかね?」
「だからおれもさっきから言ってるやん!サインもハンコも押した!この紙にや!」

阿比留と名指しされた青年は、サイン入りの羊皮紙を荒っぽく手に取ってニコラスに向けサインの場所を勢いづけて指し示した。
だが、そのサインも押された朱い判も、フューエルと書かれていて間違いはない。

「往生際が悪いですよ阿比留君、この音楽堂関係の書類は捏造出来ない様ニコラス殿の手書きだし、日付、更には時間も入れてあってこの場に二枚とない・・・」
今までソファーに座ったまま事の状況を聞いていた金髪の中年男はゆっくりと立ち上がり、阿比留へと向き直った。
「君もよく知っているでしょう?」
「フューエル、さん・・・」

そうフューエルに言われ大きく困惑した表情になった阿比留は、持っていた羊皮紙をそっとニコラスの処務机に置く。

「残念だが阿比留君、この楽曲も楽団も、既にこの書類で通ってしまった。こう言ってはなんだが・・・今更だよ」
皺のある瞼を細めたニコラスが容赦なく切り捨てた。
阿比留自身、自分でもこれは足掻いていると分かっている。
ここの仕組みは理解しているし、一度受理され得れば書類に変更は効かない。
気がついたのが遅かったのだ。

「・・・・・・」
「ん、何ですか?」

阿比留は無言でフューエルを睨み、そしてもう一度、処務机を拳で叩きつけて部屋を後にした。


彼の怒りに混じった足音が、応接室から離れていく・・・



「ニコラス殿、提供金はいつものように」

フューエルはにこりと笑みを浮かべ、何事もなかったかのようにニコラスに催促する。

「・・・ああ、分かっているよ」

何か言いたそうな口数を残していたニコラスだったが、ゆっくりと椅子に深く座り直して目を瞑った。




そんな事があった日から、一夜・・・







「げー!!!」

音楽の街メリス-ナタウ。
洒落た雰囲気の漂う石造りの街並で、東へ徒歩約一時間の場所には針葉樹林もある。
かなり歴史のある場所らしく、街外れの音楽堂はなかなかの年月の趣を保っていたり・・・
連日の楽団コンサートには街の住民はさる事ながら観光客が絶える事がなく、貿易港ゴルドラには勝るとも劣らない街中の人々の数である。

そんな中、一軒の酒場の中でまだ若い少年の声が響き渡った。
「あっ・・・」
自分で叫んでおいて瞬間「しまった」という事に気づく。
振り向いた多数の客と店員にどうしてか少年はやたらめったら変な顔をして愛想笑いをし、そそくさと一緒に酒場に入ってきた暗緑色髪の青年の後ろに隠れてしまった。

「どうしました?」
少年が自分の後ろに潜ってしまって顔も出そうとしないので、青年・・・梛央は訝しげに(といっても表情は変わっていないが)訊いてみる。

茅峨はおそるおそる壁に貼られている何枚かの紙切れの集合体に指先を向けた。

赤褐色のレンガの壁にベタベタと貼り付けられた羊皮紙の数々。
それは日付の過ぎた広告だったり、楽団のポスターだったり・・・そして賞金稼ぎ用に貼られている国内指名手配犯の顔写真だったり。

「あれ、あそこに貼られている髪の青い・・・茅峨じゃないですか」

発見した梛央は特に抑揚もない口調でその「茅峨・斎宮」の張り紙を指差した。


現在、茅峨は言わずもがなクレオリア国内全土で指名手配中の少年犯罪者である。
「肩書きが・・・重い・・・」
遠目から自分の事が滅裂に書かれているそんな張り紙を見つめながら、茅峨は唸った。

顔写真は、いつぞやか王都から家庭内事情で逃亡していたクレオリア第一王女リディアに不覚にも激写されてしまった一枚。
貼り紙の下の備考欄に、きっちり「犯罪時青色だった髪を現在赤に染め直して逃亡中」と書かれている。

そんな犯罪人として突拍子のない見た目があるものだから、世間的には「もっと普通の色に染めろよ」などと茶化した罵声を受けていたりもする今日この頃。

「はぁぁぁ」

茅峨は盛大に溜息をついた。

まあ今は丁度髪色も無難な茶色に染め上げている為、以前染めたゴルドラの美容院が茅峨の事に気づかない限りはまだ安全である。

「(でもどうにかして身を護らない事に越した事はないよねえ・・・どうしようかな)」
どんどん自分が逃亡者に染まっている事に茅峨自身あからさまに嫌悪感を覚えながらも、決断したものは仕方ないじゃないかという自暴自棄にも入っている。
つまり開き直っていた。
「(じゃないとやってられないもん・・・!!)」

「何を一人でぶつぶつと・・・仕事探すんでしょう?俺は勝手が分からないのでお願いします」
「あ、う、うん」

梛央の言う通り酒場へは勿論飲む為ではなく仕事を探しに来た。
ゴルドラでは一銭も稼いでおらず、なんだかんだで茅峨の解毒剤の代金も掘っ立て小屋の老人にきっちり取られた為、毎日旅をしていく資金としては今は手持ちが心細い。

「ごめんっ悪いんだけど梛央がマスターから仕事リスト貰ってきてくれない?オレ顔出しにくいし」
「はあ、リストですね」
手を合わせて茅峨は梛央にカウンターに行く様に頼んだ。
酒場は薄暗いとはいえ、流石にこう堂々と指名手配の貼り紙が貼ってある場所でまんま顔を晒すわけにもいかない・・・

ちなみに朋斗とクリスは他の酒場もあたると言って別行動中である。
仕事要項の紙束リストだけ貰って後で合流し、皆で割のいい仕事を探そうという事になっていた。

「これでいいんですか?」
手早くバーテンダーから受け取った紙束を手に梛央が戻って来る。
その様子を見て茅峨ははっと顔を上げた。
梛央の影から茅峨はそっとカウンターの方を見たが、若いバーテンのお姉さんが恐々とこちらを見ている。

「梛央ってヤンキィの兄ちゃんみたいだもんね・・・店員さん、下手したらガラ悪いおじさんより対応慣れてないものなのかも」
「?どういう意味ですか?」
「う、ううん!行こっか!」
茅峨は顔は笑いつつも半ば汗でその酒場を後にした。

「あっそうだ梛央、ちょっと寄りたい所があるんだけど」
「?」







「ぇぇぇええ?!!」

メリスの街中で甲高い声が響き渡った。
街を歩く人々がその声の元へと通りすがりに目を配る。
赤みを帯びた金髪の女性がわなわなと身体を震わせて大きなポスターの前に陣取っていた。

「ヴァっヴァルゴ楽団の公演って昨日が千秋楽でしたの?!ああああショックですわーーー!!!」

まだ叫び足りないのか女性は狂気に走っている。
その横でもうウンザリだという雰囲気を隠していない少年が呆れ顔で口を開いた。

「クリス、あんた街でシャワー浴びてエステも通ってたんじゃなかったのかよ、告知ぐらい見とけって・・・」
「うっ五月蝿いですわね!!」
少年にすら振り向かず、クリスは部類にすれば美人に当たるその顔を思い切りしかめてポスターを食い入る様に見やる。
「茅峨の体調がどーのこーの言って、小屋出発すんの一日伸ばしたのはクリスだろーに」
小声で朋斗はボソリと言ったが、クリスは聞いていない。
「嗚呼惜しい事をしましたわ!次の楽団の公演は五日後ですわねー曲は・・・あっ嘘『ラゼンシャル』入ってるんですの?!きゃーこれは聴かなきゃ損ですわ!!」
「おいもう行こうぜーオレ芸術とかサッパリなんだって何そのらぜんしゃるって」
同じ年齢層で比べても明らかに端整な顔をしている朋斗だったが、クリスが一瞬物凄い形相で振り返ったので驚きすぎて既に人の顔ではない。
「幻の幻想曲ですわよ!!これを公演するのにどれだけの技術と費用とサポートが懸かるか・・・分かります事?!」
「もっもういいから早く茅峨達と合流しようぜ!!その公演に行く為にも金必要だろ?!」
朋斗はクリスにびしっと指先を自分の顔に突きつけられて、もう勘弁と言わんばかりに話の方向を捻じ曲げた。
「そうですわね!早く行きますわよ朋斗!!」
さっさとポスターの前から切り上げてクリスはドスドスと足早に歩き出す。

「はー全く疲れるぜ・・・」
怒涛なクリスの後ろ姿を見ながら朋斗はしっかりと肩を落とした。





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