| 夕日影 【壱】 時刻はPM6:00。地上を照らしていた太陽がビルの向こうへ姿を消してゆき、やがて辺りは闇に染まる。 その間の僅かな時間、建物も人も空も全てが茜色に染まる見事な夕焼け。人々は空に見入り、鈍い銀色のフェンスも夕日の光を受けて打ち立ての銅のように輝く、刻限。 そんな夕焼けの中、オフィス街からは少し離れた住宅地に、二人の少年が居た。 どちらもラフな出で立ちで、街を歩けば女の子の目を引く程には整った顔立ちをしている。が、良くも悪くも目を引く程度、つまり街でたむろしている若者とそう変わりはない。 ただし……もしここを通りがかった者がいれば、彼らが手にしている物を見てぎょっと目を見張っただろうが。 二人の少年のうち、黒髪にオレンジのジャケットを着た少年が、怠そうな表情でつぶやいた。 「……面倒だ、眠い」 「仕方ないだろ、仕事なんだから。ていうか今まだ夕方だよ!」 あきれたように突っ込みを入れたのが、茶髪に焦げ茶色のパーカーをラフに着た少年。彼は眠そうにあくびをする一つ年上の相棒にため息をつき、 「そりゃおれだって面倒だけどなー、ああくそ今日は見たいテレビがあったのに」 「いっその事携帯を逆パカして川に放り投げるっていうのはどうだ」 「それやって、伝令を矢文とかに切り替えられたらどーするよ。毎日命の危険だぜ」 「―――無駄な抵抗、か」 諦めたように黒髪の少年が自嘲し、そしてふと住宅地の方を見つめる。マンションや団地が立ち並ぶそこは夕日も届かずやけに薄暗い。このままだと後少しでこの辺りは闇に閉ざされるだろう。 「そろそろ出るな。んじゃ行くか―――っておい!」 もたれていたフェンスから体を浮かした瞬間、茶髪の少年が叫ぶ。何事だと面倒そうに振り返る黒髪手には……抜き身の日本刀がしっかりと握られ、右肩に軽く置かれている。今までそれを納めていた鞘はアスファルトの上に転がっていた。 「毎回毎回思うんだけど何でわざわざ抜いて行く必要があんだよ、刀を!」 「鞘を持ち歩くのが面倒だ」 「後で拾いに行く方がよっぽど面倒だよ!」 「ある場所が分かってる方がまだ探しやすいだろ」 「うるせえこの方向音痴が!そーいうセリフは一人でここに戻って来れるようになってから言え!」 ぜえぜえ言いながら叫ぶ茶髪の少年に、だが黒髪の少年は意に介した風も無く明後日の方向を見つめ、 「大丈夫だ、ここに滅多に警察は来ない」 「……あーそーかよ、銃刀法違反でしょっぴかれそうになってもおれは助けないからな」 「それはお前も同じだろ。確か日本国の法律では鞘に入っていても刀は持ち歩いてはいけないはずだ」 「ま、途中でしょっぴかれたら上のエライ樣方が保釈金示談金を払ってくれるよ、きっとな」 一ミリの期待も持たない声音でそう言いつつ、茶髪の少年もフェンスに立てかけていた刀を取る。さすがに鞘はついたままだが、黒髪の少年が持つ生粋の日本刀とは違い、何処か大陸の雰囲気を臭わせる弧を描いた刀である。 黒髪の少年はその刀をみてにやりと笑みを浮かべ、相変わらず抜き身の刀を肩にかついだまま暗い路地の方を向き、言った。 「……さて、無駄話は終わりだ。行くぞ臣(おみ)」 「あいよ、帝土(みかど)」 応じた茶髪の少年―――臣も、いつでも抜けるように刀を握り、二人は薄暗い路地へと足を踏み入れる。 夕日はビルの間に消え、辺りは既に夜がやって来ていた。 “鬼”と呼ばれる生き物が、この世にはいる。 その“鬼”は、日が落ちた時から街に現れ、徘徊する。だがそれは、普通の人の目には見えないのが現実だった。 “鬼”といっても、伝説上にある角と牙の生えた鬼などではない。彼らは姿を持たず、本当ならば生き物と言うのも疑わしい程不安定な存在だった。 だからこそ“鬼”は人の目に触れない。だが……彼らは時に、人を襲う事がある。 夜道を歩いていていきなり斬りつけられる、いわゆる通り魔。これなど“鬼”の仕業の一番のいい例であったりする。 その他鬼は人に取り憑き、その精神を乗っ取る。その結果引き起こされるのが、突発的な自殺や暴力だ。 そして……この世には数多の人が暮らしており、その中には、幽霊を見る感覚で“鬼”を見てしまう人々がいた。 だがその力は決していい影響を与えない。“鬼”が見えるという事は“鬼”の注意を引きやすいという事。それすなわち、“鬼”の一番の標的になりやすいのは実は彼らであった。 見えるからといって何かが出来るわけではない。ひたすら逃げ惑うしか術のない状況に、“鬼”を見る人のほとんどはその悩みを誰にも打ち明けられず、比較的“鬼”が少ない田舎に逃げたり、家から出られなくなったり……と、はっきり言ってロクな人生を辿れはしない。 だが、そんな人々の中にも“鬼”と戦おうと決心を固める者達もいた。やがてその者達が集い、“鬼”を倒す方法を見つけ出した。 それが今では一つの組織となり、各地にひっそりと暮らす“鬼”が見える者達を見つけ出し、この方法を教え込み、そして“鬼”を少しでも減らそうと戦う、格好よく言えば裏で暗躍する謎の組織、悪く言えば怪しい変人集団が出来上がっていた。 「で、今日の伝令は一体何処だったんだ?」 「見ろよメール!お前の所にも来てるだろーが」 「生憎携帯が電池切れでな、一昨日から」 「充電しろよ!なんてツッコミは有り触れてるからしたくねーっつーか当たり前すぎるっつーかいい加減にしろよ帝土!」 「臣、うるさい。近所迷惑だぞ」 ふるふる震える臣を無視して帝土は臣のポケットから彼の携帯を出し、パチンと開く。しばらく操作してから……相変わらず無表情のまま、 「『――臣君がそんな事言うなんてびっくりしちゃった。でも、あたしも本当は―――』」 「うわああああ何見てんだお前!?伝令見てんじゃなかったのかコラァ!!」 「少し間違えただけだ。……『うんじゃあ今週の土曜日、公園で待ち合わせね!』……なるほど」 「なるほどじゃねえよ!フォルダがちげえよフォルダが!伝令はちゃんと伝令フォルダがあるだろ!」 「ひねりがないな」 「全部受信ボックスのお前にだけは言われたくねーよ!」 ぜいぜい息を荒げながら叫ぶ臣だが、相変わらず帝土は意に介さずに臣のポケットに携帯を放り込み、そしてクソ真面目な顔で言った。 「結崎町三番地」 「そー、そこだよ」 「……ってのは何処だ?」 「……」 大真面目な顔でボケをかます相棒に、臣はたっぷり一分程は言葉を無くし……そして、深く深呼吸をしてから振り向き、 「さて行くぞ。日も暮れたしそろそろ出るだろ」 「待て臣、無視か?相棒の問いかけを無視するのか?」 「ぁーしっかし寒ィなあ、もう冬も近いなあまた仕事がしんどい季節だぜ」 「……分かった、待て。譲歩しよう。ここは何処だ?」 「ジャパニィーズ」 「それくらいいくら俺でも知っている」 「ああそう偉いでちゅねー」 にこにこ笑ってやけに強い力で帝土の頭をわしわしと撫でて来る臣に、さすがの帝土も冷や汗を流しつつ言葉を取り繕おうとし―――不意に硬い表情で街を振り返った。 「――出たな」 「ああ。ちなみにお前が振り返った方向が三番地な」 「なるほど。ではここが結崎町か」 「当たり前だろなんで隣町に来るんだよ!―――ああもう疲れるから行くぜ!」 「分かっている」 そう言って、二人はすっかり日が落ちた街へと走り出した。 常人には感じられない、鬼の気配を悟って。 |
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